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硫黄島への旅

「硫黄島に行きたい!」 クルージングに問い合わせ殺到 [ 12月20日 11時35分 ] Excite エキサイト : 社会ニュース

クリント・イーストウッド監督のハリウッド映画で10月に公開された「父親たちの星条旗」と現在公開中の「硫黄島からの手紙」で舞台となった「硫黄島」を観光したいという問い合わせが小笠原観光協会などに相次いで寄せられている。

かつての太平洋戦争の激戦地・硫黄島は現在、海上自衛隊が管理する航空基地や米軍の訓練施設があり、一般の立ち入り・居住は禁止されている。一般の人が"上陸"を許されるのは年1回、小笠原村が毎年行っている墓参事業のときだけ。しかし、それも基本的には硫黄島の旧島民であることが条件になっている。

旧島民でさえ上陸できるのは年1回
小笠原村では、「島にお墓や土地などがある人と硫黄島の戦没者のご遺族で組織されている『硫黄島協会』の方に枠があるだけです。防衛庁の協力がいるので、旧島民でさえ(上陸できるのは)年1回なんです」(総務課)と状況を説明する。

そんな硫黄島について小笠原観光協会は、「以前から年間数件といった問い合わせはありました。この2カ月で直接お問い合わせいただいたのは3件です」と、J-CASTニュースの取材に答えた。小笠原村への問い合わせも「何件かある程度」(総務課)という。
にもかかわらず、「にわか硫黄島ブームが起きている」と報じたのは2006年12月19日付の夕刊フジ。 "殺到"の報道とは少々はなれた印象だが、「いやー、ウェブサイトのカウンターは上がりっぱなしですよ。他の旅行社からも問い合わせがあるほどです」――と悲鳴を上げているところがあった。

硫黄島への上陸は無理だが、周遊することはできる。「南硫黄島、硫黄島、北硫黄島の3島周遊クルージング・ツアー」を組んでいるナショナルランド(企画: 小笠原海運)には1日約900件ものアクセスがある。電話での問い合わせも10件ほど寄せられているという。


余り、込み入ったことを考えたくないのだが
つい、やはり考えてしまう。
多分足りないんだろう、何かしら。
辻島です。
戦争か。

最近、選挙があって
街宣車で妙に
「反戦」を訴えている方がいた。
何だか悲しくなってくる訳だ。
笑顔で街宣車に手を振る中学生。

さて、「硫黄島へ行きたい」という問い合わせが多くなっているらしい。
殺到かどうかはしらないが
興味を持つ人は増えているんだろう。

最近、戦争映画からかなり遠ざかっていますが
目に付けば、見たいとか思ったり。
よくよく考えたら「プライベートライアン」が最後か、映画館で見たのは。
と、いうわけで「硫黄島からの手紙」も「父親たちの星条旗」も見ていない。

果たして、映画になったからいきたいだけなのか
”己の生きている場所”ってものを知りたいのか。


メモ)
硫黄島の戦い:wikipedia
Battle of Iwo Jima, 1945年2月16日 - 1945年3月26日)は、太平洋戦争末期に小笠原諸島の硫黄島において日本軍とアメリカ軍の間に生じた戦闘である。

1945年2月19日にアメリカ海兵隊の上陸が開始され、3月26日に日本軍の組織的戦闘は終結した。日本軍は20,933名の守備兵力のうち20,129名が戦死した。アメリカ軍は戦死6,821名、戦傷21,865名の損害を受けた。太平洋戦争後期の島嶼防衛戦において、アメリカ軍地上部隊の損害が日本軍の損害を上回った唯一の戦闘であった。

映画「父親たちの星条旗 | 硫黄島からの手紙」
検索結果:硫黄島

色々考えたら胸が苦しくて仕方がない。
反戦なんて言ったら馬鹿にされるくらい平和が氾濫してしまえ。

LIFE IS BEAUTIFUL


さまよい続ける英霊…自衛隊員が真顔で語る「硫黄島」イザ!
 硫黄島は東京都の南約1200キロにある太平洋上の島。一般人の立ち入りができないためなじみは薄く、同島を巡るすさまじい攻防戦も一般には注目されてこなかった。
 東西約8キロ、南北約4キロの小さな島を舞台に、昭和20年2月16日から3月26日まで日本軍と米軍の間で戦闘が行われた。太平洋戦争後期の島々を巡る戦いの中でも、米軍地上部隊の損害が日本軍のそれを上回る有数の激戦地となった。
 米軍の戦死者は約6800人、戦傷者は約2万1900人で合わせて約2万8700人。対する日本軍の戦死者は約2万100人、生き残ったのは捕虜になった約1000人。
 米軍の戦死者は全員収容されたが、日本軍将兵の遺骨で回収されたのはこれまでに約8500柱。毎年収集作業が行われているが、今のペースでは作業終了までにあと200年はかかるといわれる一方、3年後には遺骨収集作業が打ち切られるという話もある。
 「島は全体が墓地のような所。至る所に坑道があるので、足下にも遺骨が埋まっていることになる」と島を訪れたことのある自衛隊幹部。それだけに戦死者の霊を見たという話は数多い。
 「夜も枕元や部屋の入り口に水を入れたコップをおいて寝る隊員は多い。火山性のこの島では水が貴重品で、戦闘の際も水がなくて大勢の将兵が苦しんだ。だから霊も水を求めている」(自衛隊幹部)
 霊と酒を酌み交わした、夜中に何百人もが行進する音を聞いた…という話は枚挙にいとまがない。硫黄島を離れる時、靴の溝に入り込んだ砂粒一つまで落としてから帰る隊員も多いという。
 現在島内には慰霊碑などの施設が多数あり、「研修や訓練で訪れる自衛官もほとんどが水を持参して参拝している」(海上幕僚監部)という。


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by tsujiichi | 2006-12-20 14:55 | ニウス

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