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フセイン死刑執行

<フセイン死刑執行>24年間もの独裁支配の「罪」重く [ 12月30日 21時19分 ] Excite エキサイト : 国際ニュース

 【カイロ高橋宗男】クーデター、亡命、戦争と激動の中東を生き、アラブの盟主を夢見たフセイン元イラク大統領が30日、69年の人生に終止符を打った。教育・医療を地域最高水準に引き上げた「功績」に一定の評価はあるものの、24年間もの長きにわたってイラクを独裁支配して国民を抑圧し、軍事大国として周辺国を畏怖(いふ)させ続けた「罪」は重い。

 元大統領は37年、イラク北部ティクリート近郊の貧農に生まれた。幼少時から独立心が旺盛で、4歳の時に英軍に対するイラク人の反乱事件が発生した際、反乱軍におじが参加。これを機に外国の影響を徹底的に嫌うようになった。

 アラブ主義に目覚めたのは56年の第2次中東戦争。英仏と戦うナセル・エジプト大統領に感銘し「第2のナセル」を目指すようになる。その後、アラブ統一国家建設を掲げるバース党に入党。59年にはカセム首相の暗殺を謀るが失敗し、エジプトに亡命している。63年のクーデターでカセム首相が殺害された後、68年のクーデターで指導的役割を果たし、69年には革命指導評議会副議長となった。

 権力を掌握したのは79年。バクル大統領の引退を受け大統領に就任すると、国内に約20万人の秘密警察の監視網を張り巡らし徹底した恐怖政治を敷いた。権力周辺をティクリート出身の家族・親類で占める一方、亡命した大統領の娘婿フセイン・カメル中将を96年に殺害、身内でも自分に背く者は容赦なく粛清した。

 軍事大国の指導者として世界を震かんさせたのは80年、イランに侵攻した時だ。88年の停戦までに両国で数十万人の死者を出した。イランやイラク国内のクルド人に化学兵器を使用したことは、元大統領の残忍さを示すものとして注目され、国際的な批判を浴びた。90年8月にはクウェートに侵攻し、91年1月に多国籍軍との湾岸戦争に突入。湾岸危機当時、日本人を含む外国人を人質に取り、ペルシャ湾に原油を流すなど物議を醸す行動も目立った。


大晦日です。
寝ていないです。
どうした。
辻島です。
2007年を私は見るようだ。

とうとう死刑執行。
早いですね。
大統領、即許可か。

これは、北にたいする脅し込ですか。

LIVELEAKって所にも
前後の映像来てました。
CNN分かな。
(どこで見つけたかは大概あそこって事で。)

しかし、あれだな
死刑台で笑う勢いありそうだったな。
まぁ、死刑だからと言ってジタバタしてたら
自爆せんとする人が・・・・。

ところで死んだのは本物か?


しかし、これからどんなことが起こるのかなんて考えると
億劫になるな。
もう既に56名死亡のテロ(その他もろもろ)が。
一人死刑したところで変わらんものは変わらん。
悪循環を見ているようなんだが気のせいか。


ふう。
初夢ってやつの方向性が決まってきた。

メモ)
CNN動画ニュース
liveleak
(閲覧注意か?)

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by tsujiichi | 2006-12-31 02:16 | ニウス

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